マッチ先生が贈る今月の一句ー2月 マッチ先生が贈る今月の一句ー2月

さえかえる空の向こうに花の咲く

2月6日から3週間にわたって行われたミラノ・コルティナ冬季オリンピックが、閉幕しました。

期間中、眠い眼をこすりながらリアルタイムで観戦した方もいらしたことでしょう。今回の冬季オリンピックで、日本は過去最多のメダル獲得数を記録しました。メダルを手に歓喜に浸る選手たちの姿は、見ている者の心まで熱くしたことは間違いありませんが、私がもっとも感動を覚えたのは戦いを終えた選手たちの言葉。インタビューを受けた選手の誰もが口に出した「感謝」の言葉です。指導してくれたコーチはもとより、自分を支えてくれた家族や友人、そして何より声援を送ってくれたすべての人々に対して発せられた「ありがとう」の言葉でした。メダルを取った選手は、メダルが取れたことを自分一人の力ではないと話していたのが印象的でした。また、不本意な成績に終わり、試合直後には悔し涙を流した選手たちも、自分がこのオリンピックの場に立てたこと自体に感謝していたことが心に残っています。

さらにもう一つ感動したのは、選手たちが、オリンピックに向けて懸命に努力してきた自分に対して「よくやった」とねぎらいの言葉をかけていたことです。思うような結果ではなかったとしても、このオリンピックを通して成長でき、オリンピックが次のステップに繋がると前向きに捉えていることに深い敬意を抱きました。

私たちは、思うような結果が得られなかったとき、人のせいにしてはいないでしょうか。けれどもオリンピック選手たちのように、精一杯努力し、自分の限界を知った人は、結果を謙虚に受け容れることができるのではないでしょうか。そして次の目標に向けての一歩を踏み出すことができるのだと思います。

選手たちの生きざまからたくさんのことを学ばせてもらった3週間でした。

中3 数学 統計のアクティブラーニング~睡眠時間のワーク~ 中3 数学 統計のアクティブラーニング~睡眠時間のワーク~

中3は数学の時間に睡眠時間のワークを実施しました。

ある日、中3全員に睡眠時間のアンケートをとり、そのデータから標本となるデータを一人ひとりが抽出しました。

データの抽出には、各自のデバイスで乱数を発生させる関数を用います。

そこから標本の平均を求め、その平均を書いたカードを、目盛りをつけた模造紙に貼り付け、大きなヒストグラムを作りました。

標本の大きさの異なる2つのヒストグラムを眺めながら、分かることを考察しています。

 

ボランティア部による「パイ焼き窯」さんの手作りクッキー販売 ボランティア部による「パイ焼き窯」さんの手作りクッキー販売

こんにちは、ボランティア部です!
先日、お昼休みの時間を使って、校内でクッキーを販売しました。

今回販売したのは、社会就労センター「パイ焼き窯」の皆さんが心を込めて焼き上げたクッキーです。この販売による収益は、精神的な病を持つ方々の社会復帰支援に役立てられます。

お昼のチャイムが鳴ると同時に、たくさんの生徒が駆けつけてくれました!売り場は活気にあふれ、用意していたクッキーは次々と皆の手に渡っていきました。

今年も多くの生徒や先生方に協力していただいたおかげで、盛況のうちに終えることができました。購入してくれた皆の笑顔が、支援を必要としている方々へのエールに変わります。

ボランティア部では、これからも身近なところから社会貢献ができる活動を続けていく予定です。
協力してくれた皆さん、本当にありがとうございました!

 

中2 探究学習‐発表会 中2 探究学習‐発表会

中2では「理想の自分になるためにやるべきこと」をテーマに、1年を通して探究活動を行いました。

『英検〇級に合格したい!』『部活動の技術を上げるには?』『集中力を向上させたい!』

友達の発表を聞き、互いにフィードバックをしました。

理想の自分になるために、今の自分と向き合うことができました。

カテゴリー:表彰

青少年読書感想文全国コンクール 文部科学大臣賞受賞 高等科 3 年 稲垣こころさん 青少年読書感想文全国コンクール 文部科学大臣賞受賞 高等科 3 年 稲垣こころさん

高等科 3 年 稲垣こころさんが、第71回青少年読書感想文全国コンクール(高等学校の部・自由図書)で文部科学大臣賞を受賞しました。

以下に、全文を掲載します。

タイトル:「愛の河」(遠藤周作『深い河』の感想文)

神は、存在するのだろうか。

神とは、立ち直れないほどの悲しみに見舞われた人が、救いを求めて信じる存在であり、信仰とは、人智を超えた絶対的な力を信じて縋ることだと、そう思っていた。

その考えを変えたのは、大津と美津子だ。

神父を志す大津は、その汎神論的な考えで教会の顰蹙を買い、今はインドに住み、瀕死の人や、誰にも火葬してもらえない遺体をガンジス河に運んでいる。大津と同じキリスト教の大学に進学しながらも、西洋の神に偽善を感じていた美津子は、本当の人生を探すためにやって来たインドで、彼と再会する。

大津は、転生を信じてガンジス河にやって来たヒンドゥー教徒を背負い、死にゆくその人と共に悲しみ、祈っている。その行動は、彼の生活に何の恩恵ももたらさないし、貧困に喘ぐインド人を減らすわけではない。では、大津の人生は無意味なのだろうか。大津の存在は、無力なのだろうか。

私は一つ、気づいたことがある。それは、大津は自分の人生に意味を見いだしているということだ。彼は西洋の修道士や、美津子に馬鹿にされながらも、自分より大きな存在に生かされていることを実感している。

その姿は、人生の意義を見失ってもがく美津子の、そして彼女に深く共感した私の人生と対照的である。例えば、友達と他愛ない話で大笑いして別れた後、一人で電車を待っている時。何気なくつけたテレビに、飢餓に苦しむ難民の子供たちが映った時。唐突に、形容しがたい不安に駆られることがある。何のために生まれてきたのか、訳もなく考えてしまう。結局何も為さないまま、人生を終えるのではないか、という漠とした絶望に襲われることがある。なぜだろう。

その答えは、ガンジス河が教えてくれた。焼いた死体の灰を流す、聖なるその河は、流した人生の分だけ濁りながらも、まるで人間など意に介さぬように流れ続ける。苦しむ人々の叫びが聞こえぬかのように回り続けるこの世界と同じように、沈黙したままなのだ。まだ見ぬガンジス河を想像したとき、私は、美津子と私、そして大津に運ばれていく人々の底を流れる「人間の悲しみ」に気付いた。

それは、生かされていることの必然性を失った悲しみである。いつの間にか生まれ、人生の如何に拘らず、やがて死ぬ。この普遍的で絶対の運 命に規定された私たちは、自らの力で「生まれてきた意味」を獲得しなければいけない。実生活の営みの中に埋没しているときは、ただ生きることは容易いし、肉親や夫婦の繋がりの中に、人生の意味を見いだすこともできる。でも何かのきっかけで、 他の誰とも分かち合えない、孤独な自分と対峙せざるを得ないとき、人は人生の同伴者としての神を、知るのだと思う。

その神は、純潔の聖母マリアかもしれないし、醜く老い果てたチャームンダー女神や、すり減って歪んだ踏絵の中のキリストかもしれない。私はまだ、自分の中に在る神の輪郭は得ていないが、『深い河』を通して、人生の同伴者としての神の存在を、確かに感じた。

神は、人間が救い主として創造した存在ではなかった。私たち一人一人の心の中にはじめから存在していて、根源的には孤独な私たちと、いつも共に在るのだと気付いた。信仰心は、救われたいという特定の目的によって得られるものではなかった。人生の意義を疑ったとき、自分に最も近いところに佇み、沈黙している神の存在を感じることによって得られるものだった。無力ながらも生き続けている私たちは、それぞれが人生の悲しみを背負っている。でもその悲しみは同時に、私たちは確かに生きている、生かされているという実感に裏打ちされたものだ。神による救いとは、そんな私たちに寄り添い、共に悲しんでくれることなのではないか。

大津は無力かもしれないが、確かにこの世界を生き、彼の神と共に、 苦しむ人々に寄り添ったのだ。大津が人生の同伴者として見いだしたのは、私が最初に想像していたような絶対的な力を持つ神ではなかった。キリスト教の神とも言い切れない大津の神は、しかし決して、不完全な大津を見捨てない。彼が信じる神は、 愚直で弱い大津に、生かされている意味を教えてくれた。

そして大津は、美津子に、彼女自身の中にも神がいることを教えたのだ。美津子が自分の無力さを噛みしめているとき、神もまた、美津子と共に苦しんでいる。生かされていることの意味を時には見失いながらも、人生を歩み続ける人間の側に、いつも神はいる。

そう気付いたとき、私には遥か遠くのガンジス河が、確かに人間と共に在る神の、深い愛の河に見えた。 数多の人生、数多の悲しみを包み込みながら、ただ流れていくガンジス河のように、神の愛は、私の人生に寄り添いながら、いつも、ただ、そこに在る。

 

 

 

 

第57回校内弁論大会 第57回校内弁論大会

新聞部主催の弁論大会が開催されました。新聞部設定のテーマは、「自然」・「女性」、それに自由題でした。

中1から高2までの5学年の代表2名ずつが、一人ひとり演台に立って、発表しました。

どの出場者も日常生活の中での見聞や体験を自己の世界に留めず、社会にまで広げ、広い視野に立った弁論を展開していました。

また、皆、原稿をしっかり自分のものにしており、堂々とした発表態度で、聴衆の心を掴んでいました。

弁論大会の結果は以下の通りです。

1位-高等科2年 K.Oさん 「『知らないこと』の責任」

1位-中等科3年 M.Sさん 「ともに生きる」

2位-高等科2年 M.Tさん 「ゴボウが教えてくれた自然の摂理」

3位-中等科1年 W.Kさん 「『雑草』という名の草はない」

この弁論大会を通して、生徒たちは、気づかなかったことに気づくことができ、社会に目を向けるよい機会になったと思います。

1位のK,Oさん

1位のM,Sさん

2位のM,Tさん

3位のW,Kさん

 

 

マッチ先生が贈る今月の一句ー1月 マッチ先生が贈る今月の一句ー1月

幸あれと願いをこめる初詣

2026年を迎え、寒さが厳しくなりました。皆さんは、元気に毎日を過ごしていますか。

お正月と言えば、多くの日本人が神社やお寺に初詣に行きますね。特定の宗教を信じていない人も祈るときには、両手を合わせ、頭を垂れて、神様にお願いごとをするのが一般的ではないでしょうか。

では、皆さんはお正月のように特別なとき以外には、どのようなときにお祈りをしますか。やはり、何かお願いごとをするときが多いのではないかと思います。私も正直にいうと、お願いことが多い気がしています。それも、自分に関することが多いように思います。でも、人のために一生懸命祈っている人もいます。

私の母の友人は、もうすぐ100歳に手が届く年齢ですが、毎日欠かさず神棚にお水とごはんを供えてお祈りをしています。祈るのは、他者のこと。皆が健康で幸せに生活できるようにと祈り、最後に自分のことも少しだけ祈ると言いました。をれを伺って、どちらかと言えば「苦しい時の神頼み」になっていた自分が恥ずかしくなりました。

「世界の平和を祈りましょう」、「もう一人の友の幸せを祈りましょう」と口で言うのは簡単ですが、他者のために心から祈るのは簡単ではありません。でもこれからは、少しでも他人の幸せのために祈りをささげたいと思っています。皆さんも「祈り」についてあらためて考えてみませんか。

高1総合 新聞コンクールへの応募に向けて 高1総合 新聞コンクールへの応募に向けて

高1は総合の時間に新聞コンクール応募に向けて、活動しました。

生徒たちは、中等科から続けている新聞ノートの取り組みの一環として、冬休み中に選んだ自分の興味がある新聞記事の内容を紹介し、グループで意見を交換しました。

生徒たちが選んだ記事は国際問題、生成AI、医療、政治、環境、教育…など多種多様。熱心に友人の発表を聞きながら、知見を広げました。

今回、友人たちと共有した内容をまとめたものを日本新聞協会主催の「第17回いっしょに読もう!新聞コンクール」に応募する予定です。

新聞ノートの取り組みについてはこちらの記事もご覧ください!

自分が興味深いと思った記事についてグループ内で説明しました。

友人の発表を聞き、自分の意見をカードに書きます。

友人からもらった意見カードを踏まえて意見を深化します。

特別講座「国際NPOせいぼ」探究中! 特別講座「国際NPOせいぼ」探究中!

特別講座「国際NPOせいぼ」、3学期の講座では、一年間のまとめとして探究活動が行われています。それぞれテーマを決めて、支援対象のマラウイについて調べました。

「マラウイ周辺のザンビアやタンザニアと比べると…」と一緒に調べています。

 

 

 

 

 

 

 

中1のペアにせいぼの学生スタッフがアドバイス。マラウイの気候について調べています。

オーストラリアからの留学生 オーストラリアからの留学生

オーストラリアのLourdes Hill College*の高校生2名が、12月から1月の6週間、光塩生の家庭にホームステイをしながら、光塩で留学生活を送りました。授業のない日には、生徒たちが浅草遠足や高円寺散策、手巻き寿司作りなどを企画し、留学生をおもてなししました。2人は留学生活を振り返って「光塩生が優しく親切にしてくれました」「光塩生と話すのが楽しかったです」「遠足が一番の思い出です」「とても充実した6週間でした」と感想を述べてくれました。

*Lourdes Hill College(ルルド・ヒル・カレッジ)は、オーストラリア・ブリスベンにある小中高一貫のカトリックの私立女子校で、光塩の高1・高2の希望者が、短期研修やターム留学で毎年訪れている学校です。

浅草へ出発!

浅草寺にて

 

 

 

 

 

 

 

 

高円寺氷川神社にて

手巻き寿司、上手にできました!