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中等科・高等科校長 烏田 信二
2025 年度 1 学期終業式
皆さん、おはようございます。
4 月に始まった 1 学期も、今日、終業式を迎え、明日から夏休みに入ります。4 月の始業式では今年度の目標を「社会とのかかわりの中で歩む」としたことを申し上げました。光塩女子学院では随分前から「もう一人の友」という言葉で世界中の困っている人びとの友になるということを実行してきていることも確認しました。これをますます意識して社会問題を考え、行動していきたいというお話をしました。
さて、皆さんは、この 1 学期の間、社会に目を向け、そのかかわりの中でどれほどこれらの問題解決に向けての歩みを実現できたでしょうか?
私なりにこの 1 学期を振り返ってみると、杉並区で募集している中高生を対象とした気候変動に関するワークショップに応募している方が皆さんの中に数名いらっしゃることを知りました。大変嬉しく思っています。また東京高円寺阿波おどりへのボランティア応募があること、地域の清掃ボランティアとしてグリーンバード高円寺チームとの間で有志の方が共に活動しようと話を進めていることも誇らしく思っております。そして、本日、4 回目となる杉並区に住むウクライナの方々のための募金活動に参加してくださる皆さんもありがとうございます。歩みを進めてくださっていることに大きな喜びを感じています。
今年度の目標「社会とのかかわりの中で歩む」を実現する際に取り上げられるべき具体的な社会問題としては、環境問題、貧困の問題、平和を脅かす問題、人口問題などがあげられると、以前申し上げましたが、その中で今日は「平和を脅かす問題」について、掘り下げて考えてみたいと思います。
突然ですが、ある歌の一部を歌います。「♪ぼくらはみんな生きている、生きているからかなしいんだ。」これが一番の歌詞の一部です。二番の歌詞の一部も歌います。「♪ぼくらはみんな生きている、生きているからうれしいんだ」この歌を聴いたことはありますか。そうです。『手のひらを太陽に』という曲です。NHKドラマ『あんぱん』の主人公やなせたかしさんの作詞によるものです。なぜ「うれしいんだ」が二番の歌詞で、「かなしいんだ」が一番の歌詞になったんですか?という質問に対してやなせたかしさんはその著書『何のために生まれてきたの?』( PHP 文庫)の中で「かなしみというのは、ずーっと続くわけじゃない。その後には喜びがある。・・・中略・・・普通にライスカレーなんかを食べるでしょ。ところが、食べられない状態になると、それがどんなに幸せなことだったかに気づく。」と答えておられます。この返答の背景には、やなせたかしさんご自身の戦争体験があるようです。
この戦争体験についてやなせたかしさんはその著書『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)の中で次のように述べておられます。 「子供の時から忠君愛国の思想で育てられ、天皇は神で、日本の戦争は聖戦で、正義の戦いと言われればそのとおりと思っていた。正義のために戦うのだから生命をすてるのも仕方ないと思った。しかし、正義のための戦いなんてどこにもないのだ。正義は或る日突然逆転する。正義は信じがたい。ぼくは骨身に徹してこのことを知った。これが戦後のぼくの思想の基本になる。逆転しない正義とは献身と愛だ。それも決して大げさなことではなく、眼の前で餓死しそうな人がいるとすれば、その人に一片のパンを与えること。これがアンパンマンの原点になる」と。
皆さんもこれまでの歩みの中で、人に傷つけられたことがあると思います。「自分を傷つけた人は悪いので厳しく責められるべきだし、罰せられるべきである、そこに正義がある」と考えてしまうことが多いと思います。私もそうです。しかし、この考え方で突き進むと、仕返しをしたくなります。自分自身が苦しくなります。さらに、この考え方を国家がするならば、戦争になります。戦争においては、どちらの側も正義を主張しています。そして、お互いがお互いを滅ぼし尽くそうとします。すると、その正義を主張していない一般の多くの人々が巻き込まれて亡くなっていきます。今紛争が起こっているところでも、それぞれが正義を主張していて、そのようなことが起こっています。80 年以上前の日本でも同じことが起こっていました。そういう正義は或る日突然逆転するし、信じがたい。それでは、本当の正義とはどのようなものでしょうか。やなせたかしさんは、次のように続けます。
「ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。そしてそういう捨身、献身の心なくしては正義は行えません」
これがまさにアンパンマンの姿です。そして、そのアンパンマンについて、やなせたかしさんは次のように述べています。
「あんぱんまんは、やけこげだらけのぼろぼろの、こげ茶色のマントを着て、ひっそりと、はずかしそうに登場します。自分を食べさせることによって、飢える人を救います。それでも顔は、気楽そうに笑っているのです。」
アンパンマンは傷ついてでも、他の方を助けます。顔が濡れて力が出なくなると、ジャムおじさんとバタコさんが新しい顔をつくって助けてくれます。痛くても喜んで自分の顔を差し出します。ここでもう一つ、触れておきたいことは、アンパンマンの宿敵バイキンマンのことです。確かに、バイキンマンは悪い奴で「はひふへほー!」と言って登場しあの手この手でみんなが困ることをしますが、毎度、アンパンマンにやられて「バイバイキン」と言いながら吹き飛ばされて煌めく星になっていなくなります。ここで注目してほしいのは、バイキンマンはアンパンチやアンキックでやっつけられますが、滅ぼし尽くされてはいません。また次の時には、元気に「はひふへほー!」と言って登場してきます。憎めない懲りないキャラですね。バイキンマンの行いの悪いところにアンパンチをするけど、バイキンマンもいて良い、その仲間のドキンちゃんやコキンちゃんだっていて良い、ありのままで素敵だ、と言っているように思えます。私たちの心の中には、アンパンマンのような心とバイキンマンのような心の両方が混在していると思います。どちらもあって良いのです。きっとこれが平和の原点だと思います。私たちの心の中が平和であれば、他の自分と異なる人もものも、いて良い。たとえ自分を傷つける意地悪な存在であっても・・・。それが広がって行けば世界平和になるのでしょう。
最後に先ほどの『手のひらを太陽に』の歌のフレーズを歌って終わりにしたいと思います。「♪みんな、みんな、生きているんだ、友だちなんだ」これが「もう一人の友」の意味でもありますね。お話は以上です。「バイバイキン」
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